河童にコーラを飲ましたところ。5 中編 2013年07月31日 私はその弱々しい人外の手をそぉぉぉぉいッッと思い切り引っ張って、川の中から引きずり出す。激しい水音を立てながら、それは姿を現した。背の丈は1メートルちょっとだろうか。身体は薄い茶色で、背中には亀のような甲羅を背負っていた。顔は、鳥のように尖ったくちばしに、ギョロッとした目。頭には丸い何かが、まるで乗せてあるようについていて、それを囲って申し訳程度の髪の毛(?)が生えていた。明らかに人外だ。いや、というか河童だ。絵に描いたような河童だ。その河童は川原に引きずり出された途端、暴れてもう一度川へ逃げようと必死でもがくが、私の手はそれの手首を握ったままだ。そうはさせまいと思い切りこちらへ引き寄せる。私は河童がよたよたとよろめいたその隙を見逃さず、彼の足を思い切り蹴り払った。「ぐぇ」と声を上げて、河童はその場でひっくり返った。後ろ向きに転んだものだから、甲羅が川原の小石に擦れて、ガシャと大きな音を立てる。見ると、河童は目を見開いて私を見ていた。その眼光に少しぎょっとする。私は荒い息を抑えながら「なにすんのよ!」と声をかけてみた。果たして言葉が通じるのだろうか。河童はこちらを向いたまま、動かない。月明かりに反射して、水気を帯びた身体がギラギラと不気味に光っている。それは雨の日のトカゲやヤモリを連想させた。さすがに言葉は通じないようだ。どうするか。と思っていた矢先。「…いえね」河童が口を開く。「美しい女性の御御足が見えたもので、つい」私は驚いて目を見開く。喋った。思いっきり喋った。つーか御御足(おみあし)って。「つい…って…。引っ張ってどうするつもりだったのよ」「んん。今晩の夕食にしてもよいですし、はたまた怖がらせるだけでも一興。恐怖する女性の表情というのは、美しいものです」「……」仰向けで寝転がったままのそれは、淡々と言った。なんというシュールな図。顔はハ虫類そのものなのに、その声と言葉は、人間のそれと同じだった。少し低めの男性の声といったところだろうか。「あの」私が言葉に詰まっていると、河童は「起こしてくださいませんか」と言った。アホか。「嫌よ」私は答える。「…どうしてです?」「また襲われるかもしないしね。自分では起きれないの?」「大きな甲羅が邪魔なもので、こういう時は助けがないと立つことが出来ないのです」「そう」確かに、その小さな身体には見合わない、大きく立派な甲羅だ。仰向けの河童というのもなかなか珍しい。こう見るとただの大きな亀にも見えるけれど、人間のそれと変わらないほどに長い手足と頭のお皿は、亀とは一線を画す。そして仕舞には話せるなんて。変なの。 ツイート ←1クリックご協力お願いします!PR