「もしもし」
と声をかける。
「私メリーさん。今あなたの前にいるの。」
聞いたことのない新しいパターンだ。確かに、彼女は私の前にいる。私は構わず彼女に問いかけることにした。
「来てくれてありがとう。どうして私のところへ来てくれたの?」
「.....」
相変わらず、問いには答えようとしない。どうしたものか。暖簾に腕押しとはこのことだ。
「....私...メリー....さん」
「?」
次に出た彼女の言葉は、まるで言い淀んでいるかのように途切れ途切れになっていた。迷いがあるかのような、そんな印象を受ける。思わず彼女の顔を覗き込むが、相変わらず可憐で無表情なフランス人形のままだった。
「どうしたの?」
「わた...シ...メリー...さン」
明らかに先ほどまでと様子がおかしい。凄く苦しそう。私にはまるで、嗚咽を漏らしながら言葉を絞り出しているかのように聴こえた。
「無理しないでいいんだよ?来てくれてありがとう」
「ワ...たし....」
また同じ言葉を続けるのかと思ったそのとき。不意に電話がプツッと切れた。そして、それと同時に彼女は、ぱたんっと床に倒れた。私は驚いて思わず体が跳ねる。そして静寂。先ほどまでの重苦しい空気が晴れ、いつもの家に戻った気がした。少なくとも、彼女から発せられる独特の殺気のようなものは、倒れた彼女からは感じなかった。まるでただの、人形になってしまったかのようだった。
恐る恐る、彼女に手を伸ばして、腰のあたりを優しく握ってみる。あら細い。羨ましい。急に動いたりしないだろうなぁ...。と顔を強ばらせながら、持ち上げる。あぁ、こんなに軽かったんだ。顔を見てみる。闇の中で見る彼女の顔は、陰っていて気味が悪かったがこうして明かりの下で、自分の腕の中に治まっている彼女を見ると、可愛くて、美しくて、なにか愛着のようなものが湧き出てくるのを感じた。きっと、これがこの人形なのだろう。
つまりは、呪いの人形。
言葉にしづらい不思議な魅力と、まるで生きているかのような雰囲気を纏った彼女。人を引き寄せてしまう彼女は、今までどんな人生を送ってきたのだろうか。ただ、一つ確かなことは次は私の番。だと言うことだろう。
これでこの話は終わり。その後、彼女から電話がかかってくることはないし、彼女が動きだすことも、今のところない。でも私は彼女に『呪われたまま』なのだ。私が彼女を捨てれば、きっと彼女はまた同じ行動に出るのだろう。彼女は今でも、私の家のリビングの棚の上にじぃっと座っている。不意に、彼女に背を向けると底知れぬ不安と刺すような視線を感じることがあるが。それは彼女が私を見張っている。ということなのかもしれない。