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ふくろうの筆箱

不思議・妖怪・幽霊系の短編小説

電気で動く、私です。2

朝から降り続いた雨がようやく止んだ。公園の入り口には時折、終電で帰ってきたのであろう疲れきった顔の会社員が、重い足取りで帰路についているのが見えていた。

当時の私は生まれて二年目。まだこの仕事にも慣れていなかった。失敗という失敗はしたことがなかったがどうにも、ボタンを押されてから焦ってしまうことがあった。コーヒーはどこだったか、リンゴジュースはどこだったかと。まぁ焦るようなことではないのだけれど、『お客さんが待っている』と思うと、思うように頭が回らないのだ。


木から落ちてくる雫が、私の固い頭の上でトントンと一定のリズムを刻んでいた。雨の日、私はそれに耳を傾けるのが好きだ。


この時間ともなると、わざわざ公園に入って飲み物を買う人間なんていない。たまに物好きな会社員が、私からあたたかいコーヒーを買って、公園のベンチに座ってぼぅっとしていることがあるが、今日はあいにくの雨だ。そんな人間はいないだろう。
雫のリズムの中でそんなことを考えているとふと公園の入り口に、こちらへ来る人影が見えた。変わった人間がいたものだ。


私は身構える。お客さんが自分の前に来たら電気をパッとつける。仕事の基本だ。ばしゃばしゃと、しめった土の上を歩く音が近づいてくる。そこで、驚くべきことに気づいた。それは、女の子だったのだ。身長140弱ほどだろうか。小学四年前後に見える。
公園の時計を見る。十二時を少し回ったところだろうか。子どもの出歩きにしては、あまりに遅い時間だ。しかも目を引いたのは、その子が傘を持っていない。という点だ。雨は上がっているとはいえ、またいつ降るかもわからないというのに。


その子は私の前に立つ。私は慌てて電気をつけた。ブーンという音とともに、彼女の顔が明かりに照らされる。幼い顔立ちに、真っすぐに切りそろえた前髪。どこにでもいそうな女の子だ。その子はポケットをまさぐると、じゃらじゃらと小銭を取り出した。そして私を見る。私をというか飲み物のサンプルを。しばらく迷った後小銭を入れ、上の方にあった温かいミルクティーのボタンを、とんと押す。私はそれを確認すると、ミルクティーをがしゃんと下に落とした。その子はそれを取り出すと、キャップを回し、一口。

ぷはぁ

口から白い息が、湯気のように空に上る。幸せそうな顔。寒空の下で温かい飲み物を飲んだ時の、人間の、満たされたような、幸せそうな顔は好きだ。その子はキャップを締め、まるで宝物を持つかのようにそれを両手で持った。そしてどこへいくでもなく、私の前でぼぅっと夜空を眺め始めた。私もつられて空を仰ぐ。


綺麗な冬の星空。北斗七星が瞬いている。この時期の、ここから見る星空は最高だ。私の仲間の話をたまに聞くことがあるのだけれど、建物のなかの、人通りの少ない廊下などに配置されている者も少なくないと聞く。それを聞いた時、私は自分のこの環境に感謝をしたものだ。
春は花。
夏は虫。
秋は枯葉で
冬は星。
四季を感じることが出来るこの公園は、すくなくとも暗い廊下よりは幸せだろう。

....ん?

嗚咽が聴こえた。視線を移すと、その子は星空を見ながら泣いていた。ミルクティーを両手で大事そうに持ちながら、大粒の涙を流している。理由なんて知る由もないが、余程の理由があるのだろう。我慢していたものが全部湧き出てきているかのようなすべてを吐き出すような、そんな泣き声だった。
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