有明に浮かぶ望遠鏡 短編 2013年07月24日 島原港を出航した後、私は船のデッキに出た。冷たい風と潮の匂いが体を包む。私は被写体を探そうと、デッキを歩きはじめた。足を一歩踏み出すたびに、かんかんとうるさい音が響く。古い船体は所々塗装が剥げ、黒い錆が目立っていた。ふと目についたのは、煤けた望遠鏡。古い船体に張り付くように、いくつも取り付けられていたそれはどれも、まるでうな垂れるように下を向いていた。写真は、そのうちの一人。船の後ろ側に立っていた彼を、出航してきた島原の山とともにカメラに納めた。寂しげで、悲しげで、哀愁の漂う彼の後ろ姿は物憂げに海を見下ろしているようにしか見えない。新しい『レッドアロー号』なる高速フェリーの登場でこのフェリーを使う人間も随分と減ってしまった。彼はこの広い海を眺めながらまだ乗客の多かったあの頃を思い出しているのかもしれない。そんなことを考えた。 ツイート ←1クリックご協力お願いします!PR