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ふくろうの筆箱

不思議・妖怪・幽霊系の短編小説

肺に浮かぶ灰色の雲。

ぼぅっと、池袋の空を眺めていた。特に何を考えていた訳ではない。ただ単に、期せずして訪れたこの手持ち無沙汰な時間を、まるで他人事のようにぼぅっと眺めていた。

絶えず車が行き交う、排気ガス臭い明治通り。その脇の小さな喫煙所。私は暇な時、ここで煙草を燻らすのが日課だ。駅前ということもあって、ここはいつも喫煙者で溢れている。さながら有名人でもいるかのような人だかりだ。

その喫煙者の群れの中に、いつもある人物がいる。それはその群れの中でも、特に目立った存在だ。黒ずんで、まるで原形をとどめていない上着を何枚も羽織り、これまたボロボロの帽子。汚らしく煤けた黒い肌に、伸ばしっぱなしの髪と髭のホームレスだ。彼はどうしてだか、いつもここにいる。煙草を吸っている訳ではない。ただただ虚空を見つめ、その喫煙所の中で仁王立ちをしているのだ。

喫煙所の人間は、まるでそこには何もいないかのようにそのホームレスを無視する。明らかに異彩を放っているのに。明らかに異臭を漂わせているのに。恐ろしいほどに、重く不気味な存在感なのにだ。

都会の人間は、残酷だ。いや、都会にいると残酷になってしまうのだろうか。ホームレスや物乞いなんて、そこら中にいる。それを見て見ぬ振りをするのが、当たり前になってしまうのだ。決して視界に入っていない訳ではない。視界に入り、ホームレスだと認識した上でまるで画像を加工してその姿を消してしまうかのように、その存在を自分の『視界』という額縁の中から消してしまう。

あぁ…煙草を燻らしていると、こういう、無駄なことを考えてしまうな。

...あぁほら。
これを『無駄なこと』だと考えている時点で私も彼らの群れの中で『残酷』になっている。まるでそれが正しいかのように。まるでそれが当たり前かのように。

きっとこの煙草を消して、歩き出す頃には私はあのホームレスのことなど頭の中から消えて、次ここに来るその日まで、思い出すことはないのだろう。そういうものだ。

さてと、そろそろ時間だ。群れから出るとしようか。
...いや、もう1本吸ってしまおう。
この残酷な群れの中で残酷な考えをしながら
もう少しだけ肺を曇らすとしよう。


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