忍者ブログ

ふくろうの筆箱

不思議・妖怪・幽霊系の短編小説

蝶は言う。



父方の祖母が亡くなってしばらくして、後を追うように祖父が亡くなった。そういうことってあるものなんだなぁと、私は妙に冷静に捉えていた。もちろん悲しい気持ちはあったのだけれど、どうにも実感が湧かなかった。あの家に誰もいないというのが、信じられなかった。今でも祖父母の家に行けば、いつものように二人が出迎えてくれるような気がしていた。祖父母の家は、まるで寒い日の炬燵のように、温かくて離れがたい優しさがあった。田舎独特のゆったりした時間の中で、ゆったりとした二人と話すのが、私は楽しみだったのだ。


 祖父の訃報を聞いたのは夕方だった。父はすぐに飛行機で九州へ向かったのだけれど、私は仕事の都合上、次の日の朝に九州へ向かった。東京からは約八時間ほど掛かる。長い旅路だ。新幹線で博多までいき、そこから熊本へ、熊本港からはフェリーで海を渡る。島原外港へ着く頃にはもう、夕方の五時近くになっていた。外港からタクシーで祖父母の家へ向かう。懐かしい道だ。小さい頃にここへ来た時、よくこの辺りで遊んだものだった。懐かしい思い出を思い返していると、家へ着いた。


タクシーを降りると、もうお通夜の準備をしていた。懐かしい思い出がよみがえる。大きな門をくぐり、玄関へ続く石畳を歩く。左手には少しばかりの庭園。昔はここで、よくトンボを捕ったりしたものだ。そんなことを思っていると不意に、一匹の蝶が目に入った。白い、小さな蝶だ。それはひらひらと私の目の前を通り過ぎると、庭の奥へ飛んで行く。思わず私は立ち止まり、それを目で追った。


人は死ぬと蝶になる。とはよく言うけれど、もしかしたら祖父か祖母の魂が蝶の形なって、私を出迎えてくれたのかもしれない。なんてことを思った。白くて綺麗な蝶なんて、あの祖父らしくもないか。祖母ならともかく。蝶は庭に咲く花に止まると、動かなくなった。


と、その時だった。
また私の前を、一匹の蝶が横切った。先ほどの白い蝶よりも一回りほど大きい、アゲハチョウだろうか。それはまるで白い蝶を追うように庭へ向かうと、まるで白い蝶の様子をうかがうかのように、近くの花に止まる。そしてしばらく見つめ合うかのように、それぞれの花の上で止まったまま、動かなくなった。


まるでその光景は、祖父と祖母が「おかえりなさい」と言っているかのようだった。白い蝶は祖母。アゲハチョウは祖父。私は彼女らに「ただいま」と、心を込め、小さく言った。するとその言葉を聞いて満足したかのように、白い蝶は花を飛び立つ。アゲハチョウもそれに続いて飛び立つと、二匹で仲良く庭の外へ消えて行った。不思議なこともあるものだと、私は二匹が消えた空を仰いだ。


二人は確かに亡くなった。それは事実だ。けれど、その魂はどこかで生き続けているのかもしれない。あの蝶は、きっと祖母と祖父が私に最後の挨拶をしにきてくれたのだろう。亡くなった後でも、彼女らはそういう形で、私を見守ってくれているのだ。


その後、母にそのことを話すと、母も若い頃同じような経験をしたらしく、親子二代でその不思議な体験をしたことがわかった。
きっといつか私も蝶になって、大切な人に最後の挨拶をする日が来るのだろうか。
そう思うと少し寂しくなった。




にほんブログ村 小説ブログへ←1クリックご協力お願いします!
PR