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ふくろうの筆箱

不思議・妖怪・幽霊系の短編小説

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憂鬱な夏の匂い。


 
夏の匂いがする。
ふとそんなことを思ったのは、障子の奥の簾(すだれ)の目から差し込んでくる朝の光が
気のせいかいつもより眩しく感じたからだろう。

のそのそと布団から起き上がり、ぼぅっとした頭のまま簾の奥の世界に目を向ける。
そういえば今週末は暑くなると誰かがが言っていたな。
もう七月だものね。

湿気を帯びた畳に足を乗せると、みしみしと音がした。
障子を開けて縁側に出て、簾の紐を引く。
しゃかしゃかと竹の鳴る音とともに、紐が簾を巻き込んでいく。

気持ちのいい朝の光...という形容が正しいのだろうけれど
朝に弱い私には光の凶器でしかない。思わず顔をしかめる。

この、夏独特の、世界が活気づいたような
まるでお祭りのような雰囲気はどうにも好きになれない。
夏の風物詩は好きなのだけれどね。この、肌に纏わり付くような湿気も嫌だ。

「おはよう」

声がする方へ目を向けると、寝ぼけ眼の妻が立っていた。
肩までのびた髪が、寝癖で烏の巣のようになっている。
思わず吹き出してしまった。

「ひどい寝癖」

「んー...」

お互い、朝は弱い。妻は回らない頭のままで適当な相づちをうつと
わしゃわしゃと髪をいじり始めた。昨夜から、寝間着も夏仕様らしい。

冬の間の長袖長ズボンではなく、随分と露出の多い
水玉の半袖パジャマと寝間着用のホットパンツ。
すらっとした脚が、汗で湿って夏の日差しに光っていた。

「何見てるのよ」

視線に気づいた妻が、からかうように言う。
私より頭一つ分ほど身長の低い彼女は、時々心配になるほど細身で、色が白い。
結婚してから少しふっくらとした気もするが
それでも私の母に「もっと食べなきゃだめよ」といつも言われている。

「いや、夏は嫌いなんだけれどね」

「?」

彼女の目を見る。切れ長の目に整った顔が、困ったように私を見ている。
あぁそうだ。
最初に惚れたのは、この目だった。そして思わず、本音が口から出る

「君とだったら悪くないかもなって」

珍しく随分とくさい言葉をを口にしたものだと
言い終わった後に恥ずかしくなり視線を外した。
庭に目を移した私は、顔が赤くなるのを感じつつ彼女の言葉を待った。
彼女が言う。

 「...珍しい。変な夢でも見たの?」

冷めたような目と、冷静な。淡々とした言葉だ。
全くもって、彼女らしい台詞だ。
白けたように庭の鳥が鳴いてばさばさと飛び立つ。

「...はぁ」

思わず溜め息が出、自分を嘲笑する。全く…。

「んー...なんとなくだよ」

と言葉を濁す。彼女は不機嫌そうな顔で

「そ。ご飯食べよ」

と素っ気なく続けた。私は

「んー」

と空返事。
何事もなかったように台所へ向かう彼女の後につづく。
ぽりぽりと頭を掻きながら、再度溜め息。

いつも、彼女は私より少し冷めている。
冷静で頼りになる場面もあるのだけれど男として少し寂しくなるのも事実だ。
というようなことを考えていると不意打ちに少し低い位置の彼女のうなじが目に入った。
思わずどきっとしてしまう。本能というのは怖い。

憂鬱な夏の匂いが、私と彼女を包む。
結婚して初めての夏はどんな夏になるのだろうか。

夏はどうにも、嫌いだ。

まぁ
この卑しく生ぬるい湿気のなか、少し冷めた彼女となら、涼しいのかもしれないな
なんて馬鹿なことを考えた。

んーさて。
朝飯を食おう。


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