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ふくろうの筆箱

不思議・妖怪・幽霊系の短編小説

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憂鬱な夏の匂い。別視点。


 夏の匂いがする。
ふとそんなことを思ったのは、朝の光がいつもよりも眩しく感じたからだろうか。
しかめた顔を上げると、先に起きた彼が障子を開け、簾を巻き上げてていた。

結婚して一年目の七月。私たちはお互い、夏が苦手だ。
付き合っている頃からこの季節はお互い苛々として喧嘩が多くなるので、会うのも控えたほどだ。恋人との夏というと、花火大会などのイベント事が付き纏うものだろうけれど
私たちには縁遠いものだった。

のそのそと起き上がる。湿気を帯びた畳に足を乗せると、みしみしと音がした。
むわっとした湿気が体を包む。

この、夏独特の、世界が活気づいたような、浮ついた雰囲気は好きになれない。
夏の風物詩は好きなのだけれど、この、肌に纏わり付くような湿気は嫌いだし
日焼けに気を使うのも面倒だ。
庭を眺める彼に

「おはよう」

と声をかけ、縁側の彼の隣に立った。彼が寝ぼけ眼で私を見て

「ひどい寝癖」

と言った。うるさい。寝相悪いの知ってるくせに。私は面倒で

「んー」

と適当な返事を返し、髪を少しいじった。あほんとだ、ひどい。
しかし凄い湿気だ。昨夜降った雨のせいだろう。
肌にべったりと張り付く寝間着が気持ち悪い。

昨日の夜、耐えられなくなって寝間着を夏仕様にした。
上は可愛い水玉の半袖(お気に入り)と、下は涼しい愛用のホットパンツ。
大分涼しくなったけれど、どうにもベタつく。
ふと脚に視線を感じる。彼が寝ぼけ眼のまま、私の脚を見ていた。

「何見てるのよ」

別になにか思った訳ではないのだけれど、少し刺のある言い方をしてしまった。
私自身、この寝間着は露出が多いかなとは思っているのだけれど
見せるのは夫である彼と家族ぐらいなのだし、なにより涼しいから視線は気にならなかった。
というか見るなら見れば良いし。

「いや、夏は嫌いなのだけれどね」

「?」

知っている。だからこそ、結婚一年目の、この季節は不安だったのだ。
いまさら何を言っているのだろうか。私は彼の顔を見上げる。
彼は私の顔をじぃっと見る。

「君とだったら悪くないかもなって」
...彼はいつもそうだ。
私が不安がっていると、不意打ちに、欲しい言葉をくれる。
それも、私が欲しがっている言葉ではなく、私自身でさえ『欲しいと自覚していなかった言葉』を、なんてことない口調で、さっと渡してくれるのだ。
その度に、私はこの人を選んだことを誇りに思う。

と同時に、その不意打ちにどぎまぎしてしまう。

いい言葉が見つからなくて、黙ってしまった。
彼は寝ぼけ眼のまま、庭を眺めている。

「...珍しい」

言葉がへたくそな私は、つい強がってしまう。でも、今はまだ
それで良いとも思っている。

「変な夢でも見たの?」

彼が庭から私に目を向け、呆れたように口の端をあげ、溜め息をつく。
白けたように庭の鳥が鳴いてばさばさと飛び立っていった。
彼は

「んー。なんとなくだよ」

と言葉を濁した。心の中で謝る。
どうにも私は、不器用で、言葉選びがへたくそだ。

「そ。ご飯食べよ」

「んー」

ばつが悪そうにぽりぽりと頭を掻いている彼の脇を通り、台所へ向かう。
今日はいつもと少し違うメニューでご飯を作ろう。
夏が苦手な彼でも元気が出るような。

そうだ。
この夏は珍しく、彼を遊びに誘ってみよう。

海でもいい。お祭りでも良いかもしれない。

憂鬱な夏の匂いが、私と彼を包む。
結婚して初めての夏はどんな夏になるのだろうか。

夏はどうにも、嫌いだ。

嫌いだけれど
私も、あなたとなら、悪くないと思える気がする。



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