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ふくろうの筆箱

不思議・妖怪・幽霊系の短編小説

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夜の橋。



目を開けると、そこは橋の上だった。
見たこともない景色だ。ここはどこなのだろう。
見上げると、見たこともないような満天の星空が広がっていた。
きらきらと瞬く星空の下、私は一人、立っている。

そこは、海の上を渡す、白い石で出来た大きな橋の上。
聴こえるのは波の音だけ。それ以外は何一つ聴こえなかった。
夜の海独特の潮の匂いが体を包んでいた。

周りを見渡す。
橋は地平線の彼方からこちらへ伸びていて
また地平線の彼方へ伸びていた。
終わりがまるで見えない。

そもそも私はどちらから来たのだろう。
そもそも私はどうしてここにいるのだろう。
欄干へ近づくくと、橋の下から聴こえる波の音が一層大きくなった。

ざーっ。ざーっ。

恐る恐る下を覗きこむ。
目を凝らすと、橋にぶつかり飛沫を上げる波がかろうじて見えた。
暗い世界に、波の轟音。
まるで言葉で責められているかのような圧迫感がある。

それでも、明かりなどどこにもないのに
橋の形や波の動きがはっきりと見えるのは
満天の星空と月の光が橋の白をうつして
優しく私を照らしてくれているからだろう。


海面はその光を反射して、きらきらと光っている。
それがまるで星のように見えるので
地平線の近くを見ると星空と海の境界線がまるでわからなかった。

まるで上も下も星空で
その宇宙の真ん中に橋が架かっているかのような
不思議な感覚だ。

きっと、ここは私の夢の中なのだろう。
私はこんな素敵な場所は知らないし
こんな綺麗な星空も見たことはない。

きっと、こんな場所があったらいいなという
私の理想なのだ。
きっと、こんな星空が見てみたいという
私の理想なのだ。

夢から覚めたら消えてしまうのだろう。
でも今は、私のもの。
この潮の匂いも、肌に感じる海の風も
この、海面と星空で作り上げられた宇宙も
今は私の独り占め。

私は橋の中心に立ち、ばっっと両手を広げる。
いつかこんな世界を、現実の自分の目で見たいと強く思った。

きっと世界には、この夢の世界よりも素敵な世界が
山ほどあるのだろうから。

めいっぱい背伸びして、体を伸ばしても
どうやら星空には届きそうにない。

そう
世界は私が両手を広げるよりも
ずっとずっと広いのだ。


ここは夜の橋。
夢の中の、私の橋。




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肺に浮かぶ灰色の雲。

ぼぅっと、池袋の空を眺めていた。特に何を考えていた訳ではない。ただ単に、期せずして訪れたこの手持ち無沙汰な時間を、まるで他人事のようにぼぅっと眺めていた。

絶えず車が行き交う、排気ガス臭い明治通り。その脇の小さな喫煙所。私は暇な時、ここで煙草を燻らすのが日課だ。駅前ということもあって、ここはいつも喫煙者で溢れている。さながら有名人でもいるかのような人だかりだ。

その喫煙者の群れの中に、いつもある人物がいる。それはその群れの中でも、特に目立った存在だ。黒ずんで、まるで原形をとどめていない上着を何枚も羽織り、これまたボロボロの帽子。汚らしく煤けた黒い肌に、伸ばしっぱなしの髪と髭のホームレスだ。彼はどうしてだか、いつもここにいる。煙草を吸っている訳ではない。ただただ虚空を見つめ、その喫煙所の中で仁王立ちをしているのだ。

喫煙所の人間は、まるでそこには何もいないかのようにそのホームレスを無視する。明らかに異彩を放っているのに。明らかに異臭を漂わせているのに。恐ろしいほどに、重く不気味な存在感なのにだ。

都会の人間は、残酷だ。いや、都会にいると残酷になってしまうのだろうか。ホームレスや物乞いなんて、そこら中にいる。それを見て見ぬ振りをするのが、当たり前になってしまうのだ。決して視界に入っていない訳ではない。視界に入り、ホームレスだと認識した上でまるで画像を加工してその姿を消してしまうかのように、その存在を自分の『視界』という額縁の中から消してしまう。

あぁ…煙草を燻らしていると、こういう、無駄なことを考えてしまうな。

...あぁほら。
これを『無駄なこと』だと考えている時点で私も彼らの群れの中で『残酷』になっている。まるでそれが正しいかのように。まるでそれが当たり前かのように。

きっとこの煙草を消して、歩き出す頃には私はあのホームレスのことなど頭の中から消えて、次ここに来るその日まで、思い出すことはないのだろう。そういうものだ。

さてと、そろそろ時間だ。群れから出るとしようか。
...いや、もう1本吸ってしまおう。
この残酷な群れの中で残酷な考えをしながら
もう少しだけ肺を曇らすとしよう。


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雨の日には雨の歌を。



電車を降り、ホームから出ると、道行く人が傘をさしていた。
あぁ、雨降ってきたんだ。


確か天気予報では、降水確率は30%と言っていたかしら。
突然の雨だったせいか、駅前には迎えを待っている人が沢山いた。
まぁ、幸い私の家は駅から歩いてすぐだし
念のため折りたたみの傘も持ってきていたから
濡れる心配はないのだけれど。


雨が好き。
何か特別な思い出がある訳ではないのだけれど
ただなんとなしに、雨の日が好きだ。
ぽつぽつと降り始めた雨はアスファルトを濡らし
妖しくぎらぎらと光らせる。
それとほぼ同時に、雨に気づいた茂った街路樹達は
まるで喜んでいるかのように、ざわざわと歌いだす。
さっきまでの車の音が絶えなくて曇った
薄暗く騒々しい世界が
光と音の作り出す、素敵な水の世界に生まれ変わる。


しばらく眺めた後、鞄から折り畳み傘をとりだし
ばさっと開いてその魔法の世界へ入り込む
視界の上半分が傘で覆われて空が少し狭くなる
雫が傘に落ち、激しい音を立てて弾けていた


道路にはところどころ、既に大きな水たまりが出来ていて
車が通るたびに、ばしゃっと水を跳ね上げている。


帰路の途中にある神社の脇に通りかかると
一層、木々の歌が大きくなった
ざわざわ
ざわざわ
一瞬、傘の揺れが治まる。木の下に入ったのだ。
神社の大きな木は、天然の傘だ
と同時に、木々の歌もクライマックス
傘の揺れる音と木々のざわめき。
その耳を覆うかのような大合唱に耳を傾ける。


そこからしばらく歩くと、私の住んでいるマンションがある。
マンションの入り口、屋根のあるところで傘を畳み
ばさばさと水気を切る。
折りたたみ傘だったためか、はたまたゆっくり歩きすぎたのか
脚が少し濡れてしまっていた。
さてと、早々に着替えたいし、お腹もすいた。
私はエレベーターに乗り、5階のボタンを押した


雨が嫌いな人もいる
その気持ちもわかる

雨が好きな人もいる
その気持ちはすごくわかる

雨の日には雨の日の魅力がある
晴れの日も同様だ

雨の日には雨の歌を
晴れの日には晴れの歌を

視点を変えれば
世界は歌で溢れている
幸せで溢れている

雨の日には雨の歌を
晴れの日には晴れの歌を



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憂鬱な夏の匂い。別視点。


 夏の匂いがする。
ふとそんなことを思ったのは、朝の光がいつもよりも眩しく感じたからだろうか。
しかめた顔を上げると、先に起きた彼が障子を開け、簾を巻き上げてていた。

結婚して一年目の七月。私たちはお互い、夏が苦手だ。
付き合っている頃からこの季節はお互い苛々として喧嘩が多くなるので、会うのも控えたほどだ。恋人との夏というと、花火大会などのイベント事が付き纏うものだろうけれど
私たちには縁遠いものだった。

のそのそと起き上がる。湿気を帯びた畳に足を乗せると、みしみしと音がした。
むわっとした湿気が体を包む。

この、夏独特の、世界が活気づいたような、浮ついた雰囲気は好きになれない。
夏の風物詩は好きなのだけれど、この、肌に纏わり付くような湿気は嫌いだし
日焼けに気を使うのも面倒だ。
庭を眺める彼に

「おはよう」

と声をかけ、縁側の彼の隣に立った。彼が寝ぼけ眼で私を見て

「ひどい寝癖」

と言った。うるさい。寝相悪いの知ってるくせに。私は面倒で

「んー」

と適当な返事を返し、髪を少しいじった。あほんとだ、ひどい。
しかし凄い湿気だ。昨夜降った雨のせいだろう。
肌にべったりと張り付く寝間着が気持ち悪い。

昨日の夜、耐えられなくなって寝間着を夏仕様にした。
上は可愛い水玉の半袖(お気に入り)と、下は涼しい愛用のホットパンツ。
大分涼しくなったけれど、どうにもベタつく。
ふと脚に視線を感じる。彼が寝ぼけ眼のまま、私の脚を見ていた。

「何見てるのよ」

別になにか思った訳ではないのだけれど、少し刺のある言い方をしてしまった。
私自身、この寝間着は露出が多いかなとは思っているのだけれど
見せるのは夫である彼と家族ぐらいなのだし、なにより涼しいから視線は気にならなかった。
というか見るなら見れば良いし。

「いや、夏は嫌いなのだけれどね」

「?」

知っている。だからこそ、結婚一年目の、この季節は不安だったのだ。
いまさら何を言っているのだろうか。私は彼の顔を見上げる。
彼は私の顔をじぃっと見る。

「君とだったら悪くないかもなって」
...彼はいつもそうだ。
私が不安がっていると、不意打ちに、欲しい言葉をくれる。
それも、私が欲しがっている言葉ではなく、私自身でさえ『欲しいと自覚していなかった言葉』を、なんてことない口調で、さっと渡してくれるのだ。
その度に、私はこの人を選んだことを誇りに思う。

と同時に、その不意打ちにどぎまぎしてしまう。

いい言葉が見つからなくて、黙ってしまった。
彼は寝ぼけ眼のまま、庭を眺めている。

「...珍しい」

言葉がへたくそな私は、つい強がってしまう。でも、今はまだ
それで良いとも思っている。

「変な夢でも見たの?」

彼が庭から私に目を向け、呆れたように口の端をあげ、溜め息をつく。
白けたように庭の鳥が鳴いてばさばさと飛び立っていった。
彼は

「んー。なんとなくだよ」

と言葉を濁した。心の中で謝る。
どうにも私は、不器用で、言葉選びがへたくそだ。

「そ。ご飯食べよ」

「んー」

ばつが悪そうにぽりぽりと頭を掻いている彼の脇を通り、台所へ向かう。
今日はいつもと少し違うメニューでご飯を作ろう。
夏が苦手な彼でも元気が出るような。

そうだ。
この夏は珍しく、彼を遊びに誘ってみよう。

海でもいい。お祭りでも良いかもしれない。

憂鬱な夏の匂いが、私と彼を包む。
結婚して初めての夏はどんな夏になるのだろうか。

夏はどうにも、嫌いだ。

嫌いだけれど
私も、あなたとなら、悪くないと思える気がする。



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憂鬱な夏の匂い。


 
夏の匂いがする。
ふとそんなことを思ったのは、障子の奥の簾(すだれ)の目から差し込んでくる朝の光が
気のせいかいつもより眩しく感じたからだろう。

のそのそと布団から起き上がり、ぼぅっとした頭のまま簾の奥の世界に目を向ける。
そういえば今週末は暑くなると誰かがが言っていたな。
もう七月だものね。

湿気を帯びた畳に足を乗せると、みしみしと音がした。
障子を開けて縁側に出て、簾の紐を引く。
しゃかしゃかと竹の鳴る音とともに、紐が簾を巻き込んでいく。

気持ちのいい朝の光...という形容が正しいのだろうけれど
朝に弱い私には光の凶器でしかない。思わず顔をしかめる。

この、夏独特の、世界が活気づいたような
まるでお祭りのような雰囲気はどうにも好きになれない。
夏の風物詩は好きなのだけれどね。この、肌に纏わり付くような湿気も嫌だ。

「おはよう」

声がする方へ目を向けると、寝ぼけ眼の妻が立っていた。
肩までのびた髪が、寝癖で烏の巣のようになっている。
思わず吹き出してしまった。

「ひどい寝癖」

「んー...」

お互い、朝は弱い。妻は回らない頭のままで適当な相づちをうつと
わしゃわしゃと髪をいじり始めた。昨夜から、寝間着も夏仕様らしい。

冬の間の長袖長ズボンではなく、随分と露出の多い
水玉の半袖パジャマと寝間着用のホットパンツ。
すらっとした脚が、汗で湿って夏の日差しに光っていた。

「何見てるのよ」

視線に気づいた妻が、からかうように言う。
私より頭一つ分ほど身長の低い彼女は、時々心配になるほど細身で、色が白い。
結婚してから少しふっくらとした気もするが
それでも私の母に「もっと食べなきゃだめよ」といつも言われている。

「いや、夏は嫌いなんだけれどね」

「?」

彼女の目を見る。切れ長の目に整った顔が、困ったように私を見ている。
あぁそうだ。
最初に惚れたのは、この目だった。そして思わず、本音が口から出る

「君とだったら悪くないかもなって」

珍しく随分とくさい言葉をを口にしたものだと
言い終わった後に恥ずかしくなり視線を外した。
庭に目を移した私は、顔が赤くなるのを感じつつ彼女の言葉を待った。
彼女が言う。

 「...珍しい。変な夢でも見たの?」

冷めたような目と、冷静な。淡々とした言葉だ。
全くもって、彼女らしい台詞だ。
白けたように庭の鳥が鳴いてばさばさと飛び立つ。

「...はぁ」

思わず溜め息が出、自分を嘲笑する。全く…。

「んー...なんとなくだよ」

と言葉を濁す。彼女は不機嫌そうな顔で

「そ。ご飯食べよ」

と素っ気なく続けた。私は

「んー」

と空返事。
何事もなかったように台所へ向かう彼女の後につづく。
ぽりぽりと頭を掻きながら、再度溜め息。

いつも、彼女は私より少し冷めている。
冷静で頼りになる場面もあるのだけれど男として少し寂しくなるのも事実だ。
というようなことを考えていると不意打ちに少し低い位置の彼女のうなじが目に入った。
思わずどきっとしてしまう。本能というのは怖い。

憂鬱な夏の匂いが、私と彼女を包む。
結婚して初めての夏はどんな夏になるのだろうか。

夏はどうにも、嫌いだ。

まぁ
この卑しく生ぬるい湿気のなか、少し冷めた彼女となら、涼しいのかもしれないな
なんて馬鹿なことを考えた。

んーさて。
朝飯を食おう。


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